2009年10月27日火曜日

官僚批判の先駆者としての吉野作造

 先に投稿したものを消してしまいました・・・。

 すでに前回の投稿から一ヶ月が経ってしまいましたが、その間に後期の講義が始まり、また韓国へ行きと慌しい日々を過ごしております。そして現在は、11月3日の南原シンポにむけて、吉野作造に籠もっています。その吉野が1916年、今から90年以上も前に、『中央公論』の9月号に掲載した「国家中心主義個人中心主義 ニ思潮の対立・衝突・調和」で興味深いというか、この時代から何一つ代わっていないのかもしれないという気にさせられるものを指摘しています。

殊に今日直接行政の衝に当つて居る者に至つては、動もすると官庁の便宜(原文は○傍点)を先にして国民の開発(原文は傍点)といふ問題を後にするの傾がある。学校などでも常に先に立つものが管理の問題で各児童の個性の教育といふが如きは後廻しになる。役所でも事務取扱ひの便宜の為めに種々の規則を拵らへるが、之が却つて人民の為に繁文縟礼の煩累となつて居ることが珍しくない。其外官庁の方では、少しでも面倒な事或は後で面倒になりさうな事は、善かれ悪かれ、之を抑へると云ふ方針をとる。(選集第1巻 146-7頁)

 また「天皇中心主義と議会中心主義」と題する論考では、議会中心主義は決して天皇中心主義に対抗するものではなく、むしろ官僚中心主義に対抗するものであると批判をしています。天皇主権の体制に対する批判を行わなかった点が批判されることも多い吉野のですが、このような指摘からすると評価も変わるのではと思うのであります。

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