2010年8月10日火曜日

公共哲学カフェ好評のうちに終了

 蒸し暑い8日の日曜日の午後、わざわざ20名もの方々が、田町での公共哲学カフェに参加くださいました。大変ありがたいことです。内容は私が考えていた以上に多様な議論が盛り上がり、参加者の方々も大変ご満足いただけたようで何よりでした。

 また9月にでも平日夜に開催したいので、あまり中身の詳細には触れませんが、今回は、私自身が考えていた「公共哲学カフェ」にふさわしいものにしようと思い、できる限りメインスピーカーのプレゼンと、それに対する質疑応答というスタイルを崩すことを目指しました。

 というのも、高崎での授業実践とかかわっています。高崎では「論文の読み方・書き方」なる講義を担当してすでに7年目になりますが、そこでの実践がまさに教員からの一方的な講義ではなく、学生自身に作業や議論をさせ、それをサポートするものです。

 「論文の読み方・書き方」という講義ではありますが、その方法を教えてくれるテキストならばいくらでもがある、とのことから、小手先のテクニックではなく、どのような内容の論文を書くか、どう論理を展開していくのか、を学んでもらうため、「自分の頭で考える」をテーマに講義をしています。

 そのなかでディベートを実施したりもしているのですが、やってきて気づいたのは、学生はただ教員の話を聞いているよりも、なにかしらの作業なり議論をしたほうが充実感ということ。

 もちろん、工夫やサポートが必要ですが、年々、学生自身に何かしら議論をさせる時間を増やしていき、私はできる限り、学生自身の学び、論文の執筆をサポートする役割に回るように
しています。

 このような実践はあまり公共哲学という専門との関係を意識していなかったのですが、金泰昌氏の「公共哲学する」「公共する哲学」に影響を受けたのか、こういった実践も公共哲学に欠かせない側面ではないか、むしろ、こうした実践を通して、一人一人が考える主体となることは、まさに「活私開公」にかなうものではないかと考えるようになりました。

 そこで公共哲学を読む会も、こうした公共哲学の実践の場としての可能性を開けないかと思い、カフェの名称を提案しました。当日は、もちろん私のほうから公共哲学の基本的なポイントを3点にまとめてお話しするなどもしましたが、参加された方々同士の議論もかなりの時間を割いてやりました。

  最初でしたので、いろいろとマネージメントも試行錯誤でしたが、今後はたとえばもう少しテーマを絞ってやるなり、進め方を工夫できればと思います。

 もちろんやり方は複数あるべきで、これまでのメインスピーカーをお呼びして、プレゼンと質疑応答のスタイルも継続していければと思っています。

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