2010年8月30日月曜日

ハーバード白熱教室 in Japan

 韓国では5000ウォンに描かれ、李退渓とともに代表的な儒学者として知られる李栗谷(イ・ユルゴク)ゆかりの地を訪れる京都フォーラムの旅から帰国したその日、成田空港から東大へ直行した表題の特別講義。まずは安田講堂を埋め尽くした参加者の数に圧倒された。内容等に関しては、右に出ている公共哲学ネットワークのサイトをご覧いただければ幸いである。これほど、新聞各社がこぞってとりあげたというのも驚きであった。

 もちろん今回の試みは大成功であったであろうし、参加者の満足も高かったであろうと思うが、やはり気になる点はこれがエンターテインメントに止まらないものにどうしていくか、という点であろう。
 
 発言が多かったという点に関して言えば、もちろん当日集まった参加者はもともとこの講義スタイルを知り十分に予習をしてきた人々。手が上がらなければおかしいというべきであろう。また、最近の学生一般に関していえば、発言をしても大丈夫な環境づくりの工夫をすれば、結構積極的に発言をするものと私自身は経験上思っている。彼(女)らにとって、自分の発言が否定される(正解ではないとされる)、そしてそれを嘲笑されることが怖いのであって、発言が恥ずかしいことではないとわかれば、さして彼(女)らの発言を促すことは難しいことではない。

 むしろ問題は、こういった対話型、ソクラテス的手法は時間がかかるという点である。最後の鼎談でもサンデル自身が言及していたように、繰り返し時間をかけて身につけさせていくもので、1回や2回でどうこうなるものではない。
 今回も、特に戦争責任問題に関する発言は活発ではあったが、必ずしも充実したものとはいえず、道徳的責任についての議論を促すサンデルに対して、政治的責任とも道徳的責任とも区別がない感情論も少なからずあり、また他人の発言をきちんと聞いて反応しているであろうか、と思われる場面も多かった。

 議論が活発に行われること自体はいいことであろうが、それをどうやって深めていくか、それは残念ながら大人数での講義では難しい。おそらくは不可能であろう。大学教育におけるそういった地道な小規模での取り組みにも目が向いてもらえれば、ありがたいと思うのは私だけではないと思っている。

 それにしてもいかにも東大が企画してやりました、というような雰囲気があったことにはなんだかなという印象。

0 件のコメント:

コメントを投稿