2009年8月15日土曜日

2005/07/13

新日フィル定期

ちょうどCURURUへ変わってしまう直前、書こうと思っていたのが新日本フィルの定期演奏会の件。 そもそももとの新着情報は「備忘録」の役割も考えていたので、記事を残し忘れること自体意味がなくなってしまうのですが、なんとか思い出しつつ。 4月の定期は現音楽監督クリスチャン・アルミンクによる現代音楽と『運命』のプログラム。年末に新日フィルのベートーヴェンは小澤征爾と第7番を聴いていますが、このときは前半がラフマニノフのピアノ協奏曲だったため、演奏そのものはそこそこ良かったものの、いかんせんこの組み合わせでは楽しむことができず、空振りでした。それに比して今回はプログラミングもよく練られているし、アプローチも(流行とはいえ)古楽器スタイルを独自に消化した形でのもの。大いに楽しめました。確かに小澤は人は呼べるかもしれませんが、ああ別に新日フィルにはいらないな、という印象。 5月の定期はザンデルリンク指揮によるショスタコーヴィチ。ザンデルリンクとはいっても東独の巨匠ではもちろんなく、息子のシュテファン。前半のモーツァルトは退屈というほど酷くはなかったものの、眠い眠い…。ところがショスタコーヴィチの方は、緊張感に満ち溢れたなかなかのもの。第一楽章が終わったとき、そしてもちろん全曲が終わったときの静寂さは、この演奏がただならぬものであったことを物語っていました。 ただ、この第8番、特に第1楽章、第5楽章の中間部に(私は大嫌いな)tuttiの部分があり、この部分をシュテファンはやたらアチェランドをかけて、疾風怒濤のごとく処理していたのは「???」。それ以外にもやや恣意的なテンポ設定が気にならないわけでもなかった。 さてシーズン最後は再び音楽監督アルミンクによるマーラー「大地の歌」。もうこの公演は、もちろんアルミンク/新日フィルの演奏も素晴らしかったものの、何とといってもアルトの藤村実穂子の歌唱が圧巻!この曲はどちらかというとテノール独唱が楽章が面白いものと勝手に思っていましたが、全曲の半分近くを占める最終楽章の真価を知ることができました。終わりに繰り返される"ewig"はもちろんのこと、イゾルデの愛の死を彷彿させるような音楽にすっかり酔いしれてしまいました。ああやっぱりマーラーがすきなのか?
[ 更新日時:17:33 ]

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