「イロニー」と「ユーモア」
「イロニー」と「ユーモア」は本来、きちんとした議論が必要かと思いますが(キルケゴールとか・・・)、同じような「異化作用」を持っているのではないでしょうか。つまり、既存の何らかの秩序・ルールを壊す、とまではいかなくとも「ずらす」ことで、新たな意味を獲得しようとする、そういった作用を持っているかと思います。そのような異化作用は、イエスのなしたことそのままであるわけです。「わたしが来たのは律法や預言者を廃止するためだ、と思ってはならない。廃止するためではなく、完成するためである」(マタイ5.17)イエスの行動はいわゆる「宮清め」の場面など、過激な行動もあり、それまでの社会秩序を破壊するような行動をしているわけですが、それはいわば創造的破壊。そのために、たびたび「たとえ話」というある種の異化作用を使って、本来の意味を取り戻そうとするわけです。ですから、聖書とユーモア、あるいはイロニーは極めて本質的なところをついているのではないかと思っています。

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