公務員制度改革
新年、あけましておめでとうございます。旧年中は、皆様に大変お世話になりました。本年もよろしくお願いいたします。 昨年の記事だが、日経新聞朝刊に連載された「官を開く」の第3部「公務員はどこへ」は興味深いものだった(12/5~8掲載)。 特に12/6の第2回「身分保障の幻想」は、公務員の身分保障についてもちろん若干の知識は有していたものの、「公務員の出血整理や本人の意に反する配置転換は行わない」という付帯決議が、「当時強かった社会党の支持基盤である労働組合に配慮した」結果であることは知らなかった。「55年体制」の遺物であるとか。 再三、ILOがわが国の公務員の基本権見直しに関して勧告を行っていることは有名である。単なる数減らしをすることに意義は感じないが、そもそもどう人員を配置するか=人材を活用するかができないのであれば、改革も何も意味がない。 最近の政府にしろ日経にしろ、やたらと「小さな政府を」のスローガンが目立つが、単に民同様にリストラをする、能力評価をする、官民の人材移動の流動化をする(アメリカ並みに?!)といっても、それで「効果的な政府」になるとはいえない。まして、アメリカの公務員制度が世界の中でも例外的出るのは、少し調べればわかること。イギリスにおける政官関係には触れていても(黒子に徹しても政策の専門家として働いている:第4回)、その人事制度がどうなっているのか(すなわちわが国以上に「エリート主義」であり、だからこそNPMのようなことが実施できた)ことには触れていない。 改革の方向性は「小さな政府」ではなく「小さくとも効率的な政府」であるべきであり、本来NPMというものはそのような思想に基づくものである。改革を断行しなければならない=数を減らさなければならないというのは、あまりに「貧困な発想」である。

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